ひとりごと

つきみおが長文でひとりごとを言います

日記(ブレブレ)

1/29(月)
昨日行った美容院でつけてもらった大量のムースやワックスを洗い流してから出勤した。24時間経っていないので気が引けたけど、あまりにも髪がドロドロで薬品の香りも強くて、とてもじゃないけど対人の仕事をしていい状態ではなかった。ワックスをつければ癖がとてもいい感じにまとまるということを教えてもらい大変気に入ったのだけど、私はニキビがひどいので顔に付く可能性のある範囲にスタイリング剤を使うのがこわくて、普段はあんず油でスタイリングしていることを、忘れていたわけないのに思い出した。別に、スタイリング剤がつこうがつくまいがニキビはでき続けるのだが。会社に行くと、結構な人数が体調不良で休んでいた。怖くなって、今更マスクを着けた。全部ニキビニキビ言ってうざいけど、マスクをつけると擦れたところにニキビができるのが嫌だし、せっかく隠したニキビ跡がドロドロになったファンデの下から見えるのも嫌で、あんまりマスクをしたくない。なんだか、バカみたいに見た目のことばかり考えているのかもしれない。見た目のことばかり言っていて中身がカスカスになっているのに、その見た目すらコンプレックスで、何もない?もしかして笑。言葉を発するとネガティヴになってしまう癖が抜けない。本当は何も言葉にしようとしない方がいいのかもしれない。
とても心のバランスが悪い気がする。仕事ではやる気もあるし成果らしきものが出れば嬉しくて、もっと頑張りたいと思うのだけど、足りていないことが不安でそんなに多いわけでもない業務量に窒息しそうで、ちょっとした失敗や遅れ、上手くいかないことに信じられないくらい動揺して苛立ったり落ち込んだりしてしまう。何もできないけど穏やかなことだけがマシなポイントだと思われてきたのに、それすらなくしたらただの使えない迷惑な人間だな。何にも嫌なことなんてないしどちらかといえばポジティブで前向きだという気持ちも、何もかもが不安で嫌いで泣きたい気持ちも、どっちも同じくらいあって混乱する。ずっとネガティヴだった昔よりも「まあいいかな」と思えることが増えたしあまり色々気にしなくなってきたような気もするし、自分の人生自分で責任取って生きていきたいよねと思えるようになったけど、別に根本的には何も変わっていないのかもしれない。本当の私だと私が思っているものは、自分と世界に対する嫌悪感と無力感のかたまりで、その気持ちは、どれだけ跳べると信じられる気がするようになったとしても、ずっと無くならないのかもしれない。
お家に帰ってきてからなんだかとてもさびしくなって、またスピッツに縋りついていた。私ときたら、ニキビのこととスピッツのことしか考えていないらしい。不安なとき、かなしいとき、さびしいとき、スピッツが私に与えてくれるもの。これが私のスピッツ好きの根底にあるはずなのだけど、それが一体なんなのか、ずっと上手く表現できないでいる。何も上手く言えたことなどないけど。スピッツの歌詞が好きで声が好きで音が好きでメロディーが好きでメンバーが好き、でもそんなことは全て超越した次元の何かが「スピッツ」として存在していて、それが私にとって欠けているものの形をしていると思う。何かが足りないと思うことが、スピッツに触れたいと思うことと同義であるような気がする。「とってもさびしい」ことと「今すぐ君に会いたい」こととは順接ではなく同義なのだ、私にとって。


・セクシー田中さんの作者が亡くなったと聞いて、ショックだった。ドラマ化する前に漫画を読んで以来、とても好きだった。背筋を伸ばして生きていきたい、というメッセージをお守りのように感じていた。ドラマは全てではなくても原作に忠実で、上手にやってくれたんだなあと思っていたのに、裏でこんなことになっていたなんて知らなかった。


ふるさと納税のコーヒーが届いた。さくら猫支援のコーヒーとのこと。