ひとりごと

つきみおが長文でひとりごとを言います

日記(ワイン、バカ素直、スピッツ)

11/20
昨日のことから記録
・18日の夜はジャンデラを観るためにはシラフではいけないと思い、さきちゃんおすすめのワインを買いにセブンに行ったのに置いてなくて、かわりにスーパーでロゼワインを一本買ってワインパーティーをした。ローストビーフサラダ、ピザ、チキンなどを並べてゆっくりワインを飲みながら程よい酩酊状態でうっとりしようという算段だったのに、気がついたら号泣しながらワインをドバドバグラスに注いで煽っていた。観終わるころには半分意識が飛んだ状態で「ワイン…ワインを…」といいながら瓶の底の方に残ったワインをグラスに注ぎきり(ラッパ飲みしなかっただけえらい)、散らかりまくったティッシュの中で項垂れている有様で、流石に自分でもやりすぎたなと翌朝大きめの後悔に襲われた。だってもう寝た記憶すらなかった。信じられないくらい目も腫れた(2日経っても腫れてる)。冷静な状態でまたゆっくり観ないといけない。というか自分が普通にこわい。
そんなわけで疲れていた日曜日は読もう読もうと思って放置していた読み物に目を通したりうとうとしたりしながらのんびり過ごした(おばあちゃん?)。途中、隣の駅までお昼を買いに出たら外がとてもよい天気で、駅前広場でしばらく日向ぼっこをした。夜はついに今年の鍋を解禁した。毎年、この時期は食材を二週間分ずつくらいのペースで買って全て冷凍し毎日同じ具材別の味で鍋を食べるのである。バカだよな。
 
20日、月曜の仕事は嫌い。今日も私は1人だけ社会人じゃないみたいだった。周りはみなどんな人もきちんと社会人であるように見える。プロであるように見える。なにが違うんだろう。いつも私はうまく「中の人」になれない。
・お客さんに嬉しいことを言ってもらえた。バカ素直だから言葉のままに受け取って喜んだあと、社交辞令だよね、こんな素直に喜んでバカなのかなと思った。こういうことを言うと「言葉通りに受け取って喜んでいいじゃん、考えすぎだよ」と言われるけど、言葉通りに素直に受け取れば幼稚なコミュニケーションを取る人だなと笑われてしまうから、いつもどうしたらいいのかわからない。私は言われたことに対していつもバカ素直に喜んでバカ素直に落ち込んでしまう。あるべきはずの自他を隔てるフィルターが存在しない。そのことがつけ込まれる隙でしかないことも傷つきやすさであることもわかっているから、すんでのところで相手を信用しきれない気がする。逆説的だけど、誰のこともバカ素直に信じてしまうから誰のことも信じられないのだ。
スピッツの話をしていいですか。私は、誤解を恐れず言うなら、スピッツという世界は私のようにバカ素直な人間の世界であると思っている。バカ素直であるが故に無防備で、傷付きやすくて、そしてなにも信じられない人間の歌だと思っている。だから、留保なしに信じられる存在として「君」は特権的なのだ。そして同時に「君」とは、バカ素直で無防備で弱くて愚かであるけれども、そのことと引き換えに優しく美しいものとして、そういう在り方の絶対的な肯定として「憧れ」の位置に立てられる存在ではないのだろうか。「僕」は自分の反転像としての「君」に、時に残酷なまでに憧れている。
まあこれも全て私の自己投影、まぶたの内側で生きている私の妄想でしかないのかもしれない。あと、今の話で念頭に置いているのは割と初期のスピッツです(誰に言っているんだろう)。
・お昼にセブンのワイン売り場に行ったらさきちゃんおすすめワインが置いてあってしばらく立ち止まってしまった。職務怠慢だろうか。